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萌ゆる想いを、この花に〜賀茂真守とうずら丸編〜

¥500 税込

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サークル名:葵月
作家名:冴月希衣

【少年陰陽師・賀茂真守と人語を話す妖猫うずら丸の平安時代〈癒し〉コメディ】小説と漫画のコラボ本です

小説パートは少年陰陽師・賀茂真守&人語を話す妖猫うずら丸&キュートな女官・藤原篤子の嬉し楽しい日常譚
漫画パートは宮中の華・東風の君&源雪平&ぬうとりあの活劇編 ほんのりBL


【試読:小説パート『固い蕾が綻ぶ時、紅く咲くのは恋の華』より抜粋】

第一章 紅瞳の白猫

     1
 一日の終わりを飾る、誰そ彼時。山の端を染めていた夕焼けの『紅』が、ゆっくりとその色を消していく。
 空の高い位置にある雲の輪郭だけが、唯一、わずかに夕焼けの色を映しているけれど、これも直《じき》に消えていくのだろう。
 今は、夜の帳が辺りの全てを覆うのを待つばかり。厳かで儚い、このひと時が私はとても好き。
 誰そ彼時は、逢魔が時とも呼ばれる。昼と夜とが混じり合う時の狭間には、魔が潜みやすい。妖魔に出会わぬよう、独りになってはいけない。気をつけなさい。と人は言うけれど、私はそうは思わない。
 だって、ほら見て? 空は夜の藍色に染まっていってるのに、雲の縁だけが赤銅色に輝いてる。こんな美しい光景、今しか見られない。それに、とても美しいからこそ、他の誰かと一緒ではなく、独りで眺めたいのだもの。
「独り占めが、いいわ。あぁ、でも私、光成《みつなり》お兄様となら、この空を一緒に眺めたいのだけれど」
 水やり途中の水差しを脇に置き、つと、溜息をつく。
 お兄様と呼んではいるけれど、実の兄ではない美しい男《ひと》の姿も、消えゆく夕空に思い浮かべた。
 幼き頃よりずっと、憧れ、見惚れ、愛しく想ってきた相手。藤原光成様。大納言家の嫡男で、帝に仕える蔵人《くろうど》。艶麗さと聡明さ、弓の腕前とを兼ね備えた比類なきお方。
 私の、片恋の相手。
 大納言家の傍流の血筋の自分とでは、とても釣り合わないと諦めつつも、幼き頃よりお慕い申し上げてきた。
「でも、お兄様は私を嫌っておられるから、ともに美しい光景を眺めることすら、叶わない願いなのでしょうね」
 私が帝に仕える上《かみ》の女房となったのは、蔵人である光成お兄様のお姿を、時折でも内裏《だいり》で垣間見ることができるのではと期待したから、だなんて。言っても、きっと信じてはもらえない。
 だって私は、お兄様と顔を合わせると、いつもきつい態度を取ってしまうのだもの。
「好きすぎて悪口を言ってしまう私のことなんて、お兄様はきっと、お嫌いで……」
 ――どすんっ!
「えっ?」
 帝のおわす大内裏《だいだいり》。内侍司《ないしのつかさ》の庭で薄明《はくめい》の空を見上げながらの虚しい独り言の最中、その空から大きな物体が落ちてきた。
「何、かしら。とても大きくて、〝白くて紅い何か〟だったような……」
 それが落ちたのは目の前の茂み。つい先ほどまで自分が水やりをしていた、朝顔や他の草花が密集している場所へと、そろりと近づいてみる。
 確認しなくては。『白くて紅い』なんて、おかしな表現だけれど、本当にそう見えたのだから、それを確認しなくては。
「ぎぃっ、ぎぎっ」
「まぁ! これはっ?」
 そこには、深紅の瞳を妖しく煌めかせる大きな白猫がいた。その真白き体毛は緋色の炎に縁取られ、ちりちりと逆立っている。
 ――今、まさに逢魔が時。
「ぎっ、ぎぎぃっ」
 耳障りな唸りを聞かせている〝それ〟は、どこからどう見ても、妖《あやかし》だった。

     2

「あら、あなた、怪我をしているの?」
「ぎぎぎっ、ぎぃっ!」
 不思議なことに、突然、空から降ってきた妖猫を怖いとは少しも思わなかった。それどころか、その身体中に刻まれた傷がとても痛々しくて。手当てをしてやりたい、痛みを取り除いてやりたい、その欲求だけが頭を占めていく。
 唸り声で威嚇されても構わずに、朝顔の蔓の上でうごめいているその身体に近づき、あれこれ世話を焼いていた。
「ちょうど傷薬を持っていて良かった」
 庭木の水やりと手入れをする時は、必ず傷薬を持つようにしていたのが功を奏したようだ。気をつけていても、枝や固い茎で指先を傷つけてしまうことがよくあるから。すぐに塗れるよう、いつも常備している薬を塗ってあげる。
「これ、とても良く効く薬草なの。早く治りますように」
「ぎぃっ、ぎぎぎっ、ぎっ?」
 全ての傷口に丁寧に薬を塗り込み、そっと身体を撫でてあげたその時。それまで私を威嚇していた唸り声が、初めて、何かを尋ねるような音に変わった。
「あなたの身体、緋い炎で覆われてるのに、私が触っても熱くなかった。人の身である私でも、ちゃんと触れるように温度を調節してくれたのでしょう? ありがとう。そんなとても優しいあなただから、少しでも痛みを無くしてあげたかったの。早くお家に帰れるように」
 自信はなかった。けれど、この妖猫は少しは人語を解するのではないかと期待した私は、自分の気持ちを伝えた。御礼と、いたわりを込めて。
「ぎぎぎっ、ぎぎぃっ……お、まえ……ちがう、ぞ」
 すると、妖《あやかし》の様子に突然の変化が。唸り声がたどたどしい人語へと変わった。
「ありがとう、は……かいえん、の……きもち、だ。かいえん、は、おまえ、に、ありがとう、いうぞ」
「かいえん?」
 妖が人語を話したことに驚きつつ、その者の名前と思われる言葉を復唱した瞬間、相手の様相が変わり始めた。絵巻物で見た獅子のよう、と思っていた巨大な輪郭が、突如、ぐにゃりと崩れ、どろりと重い妖魔の気配が徐々に霧散。見る見るうちに身体が小さくなっていく。
「ぴよーんっ」
 一瞬のちには、真っ白い毛並みと緋色の瞳を持つ、小さな獣の姿がそこに現れていた。
「ぴよんっ、ぴよーんっ」
 甲高い鳴き声の珍妙さが脱力を誘う、愛らしい子猫の姿だ。思わず、両の拳をぐっと握り込んで叫んでしまった。
「かっ、可愛いっ!」
 これが、妖猫の灰炎《かいえん》との出会いだった。

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