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六月の花嫁

¥600 税込

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サークル:文章・創作のサークル
作家:紫りえ Ni ふむふむともくもく

2020年。世界に蔓延したウィルスの影響により、 女性は結婚式を延期せざるを得なくなる──。
2019年。婚約し、男女が共に住むことへの碧き感情の花嫁の手記。
花嫁の日常の機微はいつしか世界中に蔓延したウィルスの下を書き記す。『六月の花嫁』 緊急事態宣言、2度目の緊急事態宣言、そして、春の物語の短編集。

■ 2020/04/26 結婚式を延期にした日
当初、緊急事態宣言が延期になるかどうかを見届けてから決定するつもりでいた。それが私達の挙式のぴったり1ヶ月前だったし、第三者的な判断基準になると思った。

挙式までの準備期間としては既に2ヶ月前を切っていた。どんな式を挙げるのかによるけれど、この時期には手作りしたいものを進めたり、当日必要なものを購入したりする。前撮りもこの時期にする人が多い。人によってはエステに通う人もいるし、CD原盤を探したりとなにかと奔走する時期になる。
母にはアートフラワーブーケを作ってもらう予定で、そのブーケを前撮りに使って写真に残しておきたいと思っていた。
けれど、アートフラワーを売る大きなお店が休業になってしまった。オンライン販売はしているが、母は「ボリュームも色も見ながらでないと難しい」とオンラインのリスクの高さを懸念していた。
一方で、前撮りスタジオとも連絡がつかなかった。緊急事態宣言が解除されたとしたらその翌日が予約日だった。緊急事態宣言が出されるよりも前にたまたまその日に予約を入れてしまっていたのだが、お店自体もその日から再開予定となっていた。
緊急事態宣言の解除と継続、どちらにしてもスタジオが当日やるのかやらないのかわからなかった。予定通りやるとしたら、母のブーケはできていないから、そのブーケを使った撮影はできない。やらないとしても、いつスタジオが開くのかもわからない。未来に予約を入れたとしても、アートフラワーのお店の方もいつ開くかもわからない。
何も予定がたたなかった。そのことに気付いたのは仕事の合間の昼下がりだった。
友達にそのことについて愚痴をこぼした。旦那さんに言ったら、さくっと延期の話になるのが目に見えていたけど、それはまだ受け入れられなかった。でも、どうにもならないこともわかっていた。どういう返事が欲しいのかもわからなかった。ただ、もう当日どうこうだけではなく準備にまで支障をきたしていることにとても被害を受けた、という感覚だけが強く胸に残ってしまった。
ゲストの健康面や不安を考えて、というのは前提として頭にずっとあった。慶んでといってくれても、新郎新婦共に、自粛のこのご時世に普通に働く職なので尚のことだった。それでも皆がやってほしい、と言ってくれていたからつい、そこについてはみんな覚悟の上だから、とおざなりになっていた。結婚式の準備が忙しくなってくる時期だったから尚のこと、前提にありつつも横に置いていたように思う。
「完璧にやろうとしたら支障がありすぎる」
と友人からは返答があった。
あなたは他人を跳ね除けて理想を求める人、という言葉に聞こえてしまった。
「元々なら当たり前にできたことを、その中で何は死守して、何は譲ってもいいのかを考えるのは辛いね」
何かを捨てることが前提の彼女の優しい言葉は 昔流行った、ラストシーンにはベランダから転落する以外の選択肢がなくなるゲームのようだった。
そのあとも私の愚痴に「そうだよね」と繰り返して返事をくれた。もうそれ以上に言いようがなかったのだと思う。
帰る前に旦那さんに、絵文字だけを羅列した象形文字みたいなメッセージと共に、「詰んだ」と送った。文字に起こすには 未来の予定のために事前にこれをしてあれをしてと遡って話をするのが大変だった。結婚式はそういうものだ。当日に合わせて時期を決めてある程度機械的に動くのだ。
帰ってから一連の こういう準備の支障が出るのだという話をした。とにかくどこもかしこもお店がやっていないから、もし6月の挙式までにコロナが収束したとしても、準備のほうが全くできないということが伝わっていればいい。その時のわたしにはそれが1番の理由だった。周りのことを思うだけの余裕がなかった。
私にそれだけ、「周りを気にしないで自分の思うようにやっていい」と全力で伝えてくれた友人がいたからだった。

「どうしようか。延期するしかないかなあ」

まあそうだろうね、と言葉にまだ出したくなかった。代わりに今までなぜか出てこなかった涙が溢れてきた。

普段以上に手を洗ってうがいをしていた私を狭い洗面所で、旦那さんは何も言わずに抱きしめてくれた。何が悲しいのかわかるようなわからないような。延期は視野に入れていたけど、まだそう思えていなかった。本当に延期を決定することにやっとやっと向き合った結果がこの涙なのだ、と思った。

肩に顔をくっつけて、黙って泣いていた。

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