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もし文豪たちが「五十円玉二十枚の謎」を書いたら

¥500 税込

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サークル名:夢豆文庫
作家・アーティスト名:未村明

パスティーシュ(贋作)集です。
『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』という本の方法で、『競作 五十円玉二十枚の謎』という本の課題に挑戦しています。
「五十円玉二十枚の謎」というのは、ミステリーでいう〈日常の謎〉の一つで、
「ひとりの男が毎週土曜の夕方、五十円玉20枚を千円札1枚と両替しに、書店へ来る。なぜか?」
というものです。
その答えを、4通り、大作家たちの文体模写で書いてみたのがこの本です。
ミステリーの枠は外し、ファンタジーや幻想、SFまで羽をのばして遊んでみました。
お楽しみいただければ幸いです。

(本文より抜粋)
◆その1 もし太宰治が「五十円玉二十枚の謎」を書いたら
《瓶と扉》
 五十円玉が、きらいだ。
 この、形が、いけません。ちまちまと愛らしく、ごていねいに穴なんかあいている。他の硬貨と並べてみると一目瞭然、大きさが、いかにもちょうどいい。おまけに、菊の花。この小菊はひどい。あんまりだ。白だか黄だか紫か知れないが、可愛いでしょう、愛してください、そんなにおいがぷんぷんと感じられ、私は思わず顔そむけて、ああ、やってられねえや、とつぶやくのです。
 てのひらにころんと、五十円玉、ひとつ。
 ひとつなら、いい。ひとつならかまやしない。いったいいくつあるんだか、わからないんだ。女が出ていったときに残していった、あの女――名前があるのだから、みずえと呼びましょう。みずえは、きちんとした女でした。何から何までじつにきちんとしていた。二枚あった皿、二本あったスプーン、ぜんぶ分けて、一枚一本ずつ持って出ていきました、分けられない物だけ、残して。冷蔵庫。洗濯機。あたりまえです。洗濯機を半分に割って背負って出ていく馬鹿はいません。そして、コーヒーの瓶。インスタントコーヒーの粉の瓶、ひとびん。
 みずえはコーヒーが好きでした。(後略)

◆その2 もし宮沢賢治が「五十円玉二十枚の謎」を書いたら
《ホロン伯父さんの木箱》
 路面がうすく光り、ひさしの上にも春の陽気がたまって、お店の戸を開けていても首にマフラーをぐるぐる巻いてふるえなくてよい季節になりました。
「伯父さん、これは表に出していいのですか」一郎がききました。
 ホロン伯父さんはちらっと見て、
「ああいいよ」と言いました。「みんな出しておいてくれ」
「みんなですか。いいんですか」
「いいんだ」
 それは木箱に一ぱいつまった古い本でした。
 ホロン伯父さんは「よいしょ」と言いながら、本屋のひさしを棒で押しあげました。古本屋の遅い朝はこうして始まります。
 遅いと言ってもそれは店の開く時刻のことで、伯父さんと一郎はもうとっくにここに来て、はたきをかけたり雑巾をかけたり、包みをほどいたり、また包んだりしていたのでした。
 一郎は木箱をかかえて表に出ました。お店はうるさい大通りに面しているのですが、このお店やまわりの同じような小さい古いお店の前だけは、なぜだかほっと少しばかり、しずかな空気に守られているようです。
(これをみんな出してしまうなんて、伯父さんはほんとにいいんだろうか)
 それらの本がホロン伯父さんの本棚に長いこと並んでいたのを、一郎は小さいときから見て知っていました。ときどき伯父さんがその一冊を抜き出しては、表にしたり裏にしたりして、また大切そうにしまうのも見ていました。
 古書店はもちろん、仕入れた古書を売っているのですが、最近、伯父さんはその自分の大切な蔵書も、少しずつ売りに出しているのです。(後略)

◆その3 もし内田百閒が「五十円玉二十枚の謎」を書いたら
《鰈[かれい]》
 池袋駅の地下構内は天井が低くて、人が動いても、空気が動かない。
 細長い地下通路が並行して二三本あるけれども、どれも海底にもぐったようで、昼間でも音が遠くにこもって聞こえて息苦しい。そこいらに鰈が小さい目をして貼りついていそうな気がする。
 券売機で切符を買おうとして財布を開けたら、五十円玉が二つ入っていた。
 私は財布に入れておく五十円玉は、一つと決めている。二つあるとどうも落ちつかない。五十円玉は五円玉のように平らに切れていなくて、少し厚みがあるから、中の穴に水がたまりそうな気がする。知らないうちにその露がレンズになって、光を集めて、財布の中で自然発火でもしだしたらあぶない。かといって一つもないと、細かい買い物のときに不便をする。
 私は財布にあった五十円玉を早く始末してしまおうと思って、一つ券売機に入れた。
 たしかにちゃりんと音がしたのに、機械の表示が動かない。おかしいと思って、下の受け口をのぞいてみたり、機械をとんとんと叩いてみたりしたけれども、何にもならない。ちゃりんと機械の中に落ちて、外には落ちていないのだから、やっぱりおかしい。私の五十円玉が消えてしまった。
 するといきなり耳もとで声がした。
「消えてませんわ」
 私が驚いてふりむくと、黒い羽織を着た美しい女がすぐそばに立って笑っていた。女は私の袖を引くようにして
「さあ行きましょう」
 と言った。
 どこへ行くのだかわからないけれど、女がすたすた歩きだすから、私もついていった。女のうなじはほっそりして美しかった。
 女は軽く褄をとって階段を上り、駅の外に出た。街路樹の桜が葉桜になっていて、風もある。
「どこへ行くんだ」
 女に追いつきながら私が訊いた。女は黒々とした目を見はって
「まあいやだ」と言った。「両替に行くんじゃありませんか」
 両替と言われたって、私には両替する用事なんかない。電車に乗って、人に会いに行くはずだったのだが、それが誰だったのか忘れている。
 ガラスの扉が二重になっている大きな書店へ、女はどんどん入っていって、私もついていった。
 会計の列に人は並んでいなくて、すぐ私の番が来た。女はまた私の袖を引いて
「さあお出しなさい」
 と言った。
「何を」
「こまった人ね、さっきのよ」
 何が何だかわからないからぼんやり立っていると、売り子のほうも片づかない顔をしている。きゅうにまわりの空気があいまいになって、壁一面の本棚にしまりがなくなってきた。
「早く」
 女にせかされて、私はしかたなく右の手を開いた。とたんに私はぞっとして、頭から水をかぶったようになった。
 私の右の手のひらの上に、五十円玉が二つある。(後略)

◆その4 もし半村良が「五十円玉二十枚の謎」を書いたら
《踊る千円札》
「じゃ、お疲れ」
「どうも」
 軽くグラスを合わせ、一息にハイボールをあおる。とたんに体内で泡がはじけ散る。〈五臓六腑にしみわたる〉とはおそらくこういうことをいうのだろうと、手の甲で口を拭いつつ田端淳一は思う。
 向かいに座っているのは大塚耕司。掘りごたつの個室、チェーン店の居酒屋だ。時は四月、土曜の夕刻、場所は池袋。どこからどう見ても休日出勤の帰り、さえない中年上司が頼りない新人を誘って一杯やりに入ったというありふれた光景だ。
「で、話の続き」すでに上着を脱いでワイシャツ姿の大塚がネクタイをゆるめながら言う。「けっきょく結論は出てないってことか」
「そうみたいです」
「これだけウイルスウイルスって騒いでおいてか」大塚の口調には、軽蔑より落胆の色がある。
「つまりですね」田端はメモをとり出そうとタブレットに指を走らせる。「〈生命〉の定義には、三つの条件があるらしいんですね。簡単に言うと……あ、ありました」田端の指が止まった。「ええと」
1.遺伝子を含む「核」を持つ。
2.代謝を行なう。
3.増殖する。
「代謝というのはあれか。栄養摂取や排泄だな」
「呼吸も含まれます。ようするに体内でのエネルギー変換ですね。ウイルスは1と3の条件を満たしますが、代謝はしないので、2は満たしません。そこが細菌と違うところです」
「ウイルスは自力では増殖できないはずだが?」
「宿主、つまり人間なり鳥なりの体内に入れば自己複製できますから」
「それを増殖とみなすと」
「そうです」
「ふうん」大塚は眉を寄せている。「そこは譲歩していいのか」
「みたいですね」
「結果、『遺伝子を持ち』『増殖はする』が、『代謝を行なわない』ウイルスを、生命体と呼んでいいのかどうかについては、いまだに議論が分かれるらしいです」
「なるほどな」
 掘りごたつのテーブルの上には、袋を破られたおしぼりが二本だけ。いわゆる〈お通し〉の類も来ておらず、割り箸もまだ割られないままだ。
「さっきの三つの条件、もう一度言ってくれ」
「〈生命体〉のですか」
「そう。遺伝子を持ち、代謝を行ない……」
「増殖する」
「分裂して数を増やせば、〈増殖〉でいいんだな」
「はい。べつに性をともなう〈繁殖〉でなくていいんです。〈個体〉の数を増やせば」
「その〈個体〉どうしがくっついて、二つが一つにとか、多数が一つにとか、数が減ってしまう場合はどうなんだ」
「それはですね」田端は言いよどんだ。「そういうのは想定してない、みたいです」
「また〈想定外〉か」大塚が片手で額を押さえる。「勘弁してくれ。想定してくれよ。ありとあらゆる可能性を」
「まあまあ先輩……ハイボールおかわり、頼みましょうか?」
「考えてみろよ。どの国も競って探査機を飛ばして、銀河系を調べ上げようとしてるんだぜ? 宇宙のどこかに〈生命〉の、とくに〈知的生命体〉の存在する可能性はないかって。その前に、足もとを見ろと言うんだよ」
「『灯台下暗し』ってやつですね、まさに」
「遺伝子を持たず、代謝も行なわず、増殖するかも微妙だが、知性を――それも言っちゃなんだがまあまあ高度な知性を持つ〈存在〉が、この地球上にすでにいたとしても、そいつを人間は、〈生命〉とは認めてくれないのか」
(先輩、今日は酔いの回るの早いな)
 田端はこっそり、自分の胸の中だけでため息をついた。
(ストレスたまってるんだな。まあおれも同じだけどな……)(後略)

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