

百戦錬磨のバードは美味なる籠絡に首ったけ!
¥300 税込
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サークル名:葵月
作家名:冴月希衣
【チャラい吟遊詩人と酒豪美女の恋の作法】
リュートの名手、吟遊詩人のシンは、酒豪で妖艶なファナに一目惚れ。
得意の恋歌を捧げても全く相手にされず玉砕続きのある日、彼女を狙う危険な男が現れたことで、ファナが隠してきた秘密がシンの前で晒され……。
時代は古代バビロニア。ペルシア湾岸の港町が舞台のラブコメファンタジーです。
【試読:第一章より抜粋】
そこにあるのは、世界をかたどる純麗の色。沸き立つ大海原。さざめく白波。さながら蒼き絹布がひらめく空に、我らが黒と翠緑の美の女神は――。
「はーい、ちょっと邪魔ー。そこ、邪魔ー。どいて、どいて!」
「うおっ!」
調子よく吟じていた詩歌が、途中でぶった切られた。
「うちの店先で怪しい呪文を垂れ流すの、やめてくれない? 営業妨害禁止!」
僕の背中に痛烈な肘鉄を見舞ってきた、艶めく掠れ声の美女によって。
「酷い。呪文じゃないよ。歌! 古代から歌い継がれてる港町の恋歌を店の宣伝代わりに歌ってたんだから、営業妨害とは真逆だよっ」
「歌ぁ? 甘ったるい声で、ぐだぐだ垂れ流してた、あれが?」
見事な一撃をくらった背中をさすりさすり抗議すれば、艶めかしい稜線を描く腰に両手を添えた相手が疑念を込めた視線を送ってくる。
うーん、いつものことだけど、このパッチリと切れ上がった翠緑の瞳に見つめられると、胸の奥がぞわぞわする。やや太めの眉と、ぽてっとした下唇も官能的で堪んない。好きっ。
「そうだよ、恋歌! ファナへの熱い想いを上乗せして歌ってたんだ。大好きって!」
「あ、そう。それはそうと、シン? あんた、来店してからまだ何の注文もしてないけど、客じゃないなら帰ってくれる?」
「わっ、するする。いつもの、お願いします! だから構って? 僕、お客!」
店から追い出されるわけにはいかない。自己顕示は一時中断だ。椅子に素早く腰かけた。
「いつもの昼定食だね。了解。待ってな。今日も最高のパン、食べさせてあげるよ」
「うん、お願いしますっ」
あでやかな笑みを残して店の奥へと去っていく豊満な肢体の持ち主に笑顔で応える。心で泣きながら。
「ああぁ、今日も渾身の求愛、さらっと流されたぁ。僕に笑いかけてくれるのはパンを注文した時だけとか、心折れるぅ。自信喪失ぅ」
ぼやき声が漏れぬよう、円卓に突っ伏す。心の底から、ぐったりだ。もう、幾度、求愛しただろう。ビール醸造所、兼、食堂『小麦と酵母亭』を切り盛りする麗しい女主人。僕のひとめ惚れの相手に。
「やっぱり年下は対象外なのかな。僕、見た目は悪くないと思うんだけど」
というか、人並み以上の容姿だという自覚はある。緩く波打つ薄茶色の長髪に同色の瞳。容貌は女性に間違えられるほど整ってるし、細身だけど、そこそこ鍛えてる。
おまけに歌だって上手い。職業が吟遊詩人だから当たり前っちゃ当たり前だけど。『甘い中低音がお腹に来る。歌声を聴くだけで妊娠しそう』って言われるし、得意のリュートで即興で作曲した恋歌をちょろっと贈ったらお堅い令嬢が失神したこともある。
それなのに、ファナは僕の外見にも歌にもなびかない。どれだけ熱を込め、甘く囁いても、手慣れた大人の余裕であしらわれてしまうんだ。まさに鉄壁。難攻不落。
「あぁ、どうすればっ……いったい、どこをどう攻めたら僕に堕ちてくれるんだあぁ」
「お待たせ! ほら、シン。温かいうちにお食べ」
「はいっ、いただきます!」
滑舌の良い掠れ声を聞き取り、ぼやきは即座に封印だ。がばっと頭を上げた反動で、結ばず垂らしたままの長髪が、ばさりと頬にかかる。
「ふふっ。全く、だらしがないねぇ。ほら、髪はちゃんと耳にかけるんだよ」
「……うん」
不意打ちで至近距離に迫ってきた美しい笑みに、息を呑んだ。
あでやかで妖艶、且つ、優しいそれに心の全てを持っていかれた僕の視界で、萌ゆる常葉色が煌めく。ファナがいつも身につけている大きなエメラルドのピアスが眼前に近づいたんだ。しなやかなその指で乱れた僕の髪を梳き直してくれるために。
「今日の堅パンはイチジクだよ。それと、ナツメヤシのロールパン。あと、『追い蜂蜜』は、ここに置いとくからね」
「うわぁ!」
素焼きの大皿にこんもりと乗ったパンの盛り合わせを見ただけで口内に生唾が湧き出る。
ころんと丸い堅パンの表面に埋まってるのは、干しイチジク。ぷちぷちとした食感が心地よく、噛めば噛むほど甘味が増すんだ。対して、楕円形にふんわり焼き上げてるロールパンに練り込んであるのはナツメヤシの実。ねっとりと柔らかな噛み応えが生地のふわふわ感と相まって、こちらも最高。いくらでも食べられる。しかも、菜の花の蜂蜜が『追い蜂蜜』として無料で添えられていて、味、栄養価、客への奉仕、ともに完全無欠っ。
「ありがとう。今日も美味しそうだ」
「ゆっくり、お食べ」
へらーっと笑った僕の頭をそろりと撫でるということをされた。手の掛かる弟程度に思われてて少し切ないけど、僕は満面の笑みを崩さない。この年上美女にべた惚れなんだ。
「それから、イチジクパンに合わせて、今日のビールはミントの配分が多めだよ。さぁ、思う存分、飲みな!」
円卓を震わせて置かれたレバノン杉の酒器にさっと手を伸ばす。この店では、僕の頭部よりも大きな容器になみなみと注がれたビールがパンと揃いで必ず提供されるんだ。
「おっす! いただきます!」
「パンもビールも、あたしの作った物は一片、一滴たりとも残すんじゃないよ」
「肝に銘じてます! ファナのパンとビールは最高! 残すわけないよっ」
諦めない。ファナは諦めない。押して押して、押しまくる。『自身がビールを美味しく飲むためだけに、極上のパン作りに日々励む酒豪』が、この婀娜っぽくも気っぷのよい美女の実の姿だなんて、最高じゃないか。
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